norikura’s diary

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日記(11/17)

日記(11/17)

 リラダンを読む。「残酷物語」(齋藤磯雄氏訳:筑摩叢書刊)。
「前兆」

 話の筋は平凡と思う。幻想文学に在り来たりな設定と。ゴシック・ロマン風。
「美の司祭」を借りたばかりなので、「何たること?」と思い読み続ける。「聖衣」の映画も。

最初、ポーのアッシャー家とも思った。住まいと住人のコレスポンダンス。陰鬱。
印象に残ったこと何点か?「日夏先生のようには、・・」と言いかけ、行為に自ら恥じる。

・先ず、完全にシュールの先駆け?
2点に措いて。
「鍵前の穴から洩れて来る梟の燐光を放つ眼」「作品の主要素なる、一瞬挟まれる2つの幻覚」
後期キューブリックの映像を連想する。・・・それは悲しいこと。
・描写は限りなく美しい。仏文学の白眉と。
「暮色の中に最後の鳥が飛んでゆく遥かな柏の森や野生の松林の上に、地平線は燦然として輝き、かなた、葦に蔽われた池の水はいとも厳かに天空を映し、この寂寞たる大気のさなか、・・・」など。
・全編通じての光の記述が目を引く。
「巻煙草の火、星空、(暗影)、蝋燭、西空の夕焼けを映して輝き、暮色、燦然として輝き、(むごき星の下)、曙光、落日の臨終の光、燃え立つばかり強烈な光芒を放ち、二三本の丸太薪の間から一抱への蒲萄蔓が膝の前に燃えあがった、(文明の光かがやく)、(万代不易の「光」)」
とここで、象徴が分かりかかる。更に続く、
「私の蝋燭の強い光」、
続いて、
「そばのテーブルの上にある蝋燭の光を、執拗に視つめ出した・・・思考が全然空虚になったとき目に現れるあの強烈な注意をこめて、睫毛の間から、それを凝然と見守ったのでした。」。
ここで、「鍵穴に覗く梟の目」の伏線が引かれた、に気付く。更に、
「晧晧たる満月、荒涼として蒼白な光線、(燠火のような)、光は消えました、マッチ、陽気な日光」、
そして、クライマックスというべき、
「折しも月は樅の梢、丘の彼方に昇り、見はるかす地平線の森や廣野を照し、その陰惨にして蒼白な光、その荒涼として蒼白な輝きを、さっと二人に浴びせかけました。」
また、
「眼光、かぐろい雲、月を隠して、銃火、明るい店々、暖かい火、焚火、ランプの灯」
・「主の御墓に触れたことのあるこのマントに、・・・」
・「嗟なんじ(と私は考えました)、・・・、此処、天空の景観は心魂を高揚して忘却境に至らしむ。」は、毎回引く「巴里スプリ-ン」。
これら気になる点も何点かあるが、取り敢えず、鳥類の行動学=ティンバーゲンを、暖炉の前で紐解きたくなる。D.ラックと。
・・・じゃなくて、「美の司祭」に戻る!!「聖衣」と。

・・・(落書きです)
ああ、汝、わたしの小鳥らよ。そは、その歌声の美を以って、我この無聊を慰めし。
しかるに、昨日、わたしはその不実を以って汝らを苦しめたり。許せかし、小さな生命たちよ。
そも、
大空駆けらざる汝ら小さき者よ。そを閉じ込めしも、我なれば、その心痛や日頃日増しに募らん。ただ、我の好みによりて、ただ、其れのみによりて、汝らを繋留せしは、我の大いなる犯罪なり、咎なり。鵐もて、我を打摘せし。
そう汝らに望めど、汝ら、ただ、いたいけなき者にして、ただに、あどけなき者らにして、そは、ただ歌うのみ。
その美声を以ちて歌う者。そは、汝らの尊厳なるや。汝らの自尊なるや。ただに地上に生を受け、ただ、大空に、大地に命(めい)を託され、大空を駆けるの望みを抱き続け、只管に天蓋を望むる者らよ。
恋せよかし。恋せよかし。熱く只管に恋せよかし。そは、ただにそれのみが、自由にて、ただに、唯一与えられし生甲斐にして、思い切って、その生命を謳歌せよ。
そが、わたしがそなたらに与ひふる最大の勲章なり。生命なり。
(子犬(!)「クロ」を想定して・・・)